2007年10月24日

ラッセルとチェンバレン(3)

セルティックスの勝負強さを示す例は数多くあると書きましたが、良い例は未だあります。
それはまたチェンバレンンの勝負弱さを示すものでもあります。
68-69シーズンはトレードでレイカーズへ来たチェンバレンはガードにジェリー・ウエスト、フォワードにエルジン・ベイラーと言ふ二人のスーパースターとめぐり合いました。その後二人とも殿堂入りしており、NBAベスト50人に入る稀代のスター選手です。
特にウエストはNBAのロゴマークのサンプルとなった選手としても有名ですね。

ガード、フォワード、センターの3ポジションにスーパースターが揃えば優勝は当然です。
当然の筈です。
しかし・・・・・・

このシーズンは2年連続12回目のファイナル進出を果たして、セルティックスとの対戦となり、61年以来7回目で、宿敵との対決です。
このシリーズは、ラッセルも寄る年波には逆らへず引退の年でもあり、セルティックスには負けられないファイナルとなりました。こんな状況のセルティックスは強さを発揮します。
やはりモツレに縺れてゲーム7(7戦制で4勝したチームが優勝)まで来ました。
このゲームの4Q残り5分ほどでセルティックスが9点差をつけた時、チェンバレンは膝の痛みを訴えて自らベンチに下がりました。

勝負と言ふのは判らないもので、チェンバレンが下がり、控えの走るセンターのメル・カウンツが入るとテンポがアップされ、レイカーズ本来のリズムに戻り、追い上げ始めました。
残り3分ほどで1点差まで追い上げたところでチェンバレンは「俺の出番」とばかりビル・バンブレダ=コルフ・コーチにメンバーチェンジを進言しましたが、コーチの答えは「No」でした。
「自らベンチに下がった男を出すわけには行かない」
「カウンツのアップテンポなバスケットだから追い上げられた、このリズムを壊したくない」
と言ふのがコーチの考え方です。当然ですよね。

最後はセルティックスのドン・ネルソン(現GSウォリアーズのヘッド・コーチ、皮肉なことにカウンツとのトレードでレイカーズから移籍)のリングの付け根に当たり大きくバウンドして入るというヘナチョコ・シュートで108-106で逃げ切られてしまった。

50年代中頃から60年代まではラッセルvsチェンバレンのライバル対決が中心となりましたが、ラッセルは11回の優勝、チェンバレンは2回の優勝ということでラッセルに軍配が上がりますが、個人賞ではラッセル24に対しチェンバレン79でチェンバレンが圧倒しました。
お互い同士の対戦成績は85勝57敗でやはりラッセルの勝ちです。

ラッセルが引退して60年代が幕を閉じましたが、入れ替わりにルー・アルシンダーと言ふモンスターがNBA入りしてきました。
それは次回でお話しましょう。

この時代のスター達
☆ レニー・ウィルキンズ G 185cm 
ホークス(61−68)→ソニックス(69-72)→キャブス(73-74)→ブレイザーズ(75)
シュートもリード力も兼ね備え、クラッチシューターとしても有名。選手とコーチの両部門で殿堂入りしている。15年 1077ゲーム出場 1ゲーム平均 得点16.5点、6.7アシスト。

☆ ボブ・ペティット F 206cm 
ホークス(55−65)
得点、リバウンドに強くパワーフォワードという概念を作った選手。初代シーズンMVP。11年 792ゲーム出場 平均得点26.4点、16.2リバウンド。

☆ ボブ・クージー G 185cm 
セルティックス(51-63) ロイヤルズ(70)
トリッキーなパスやビハインド・バックパスだけがクローズアップされるが、リード面でも優れていた。「ボールの魔術師」と呼ばれていた。14年間 924ゲーム出場 平均得点18.4点、7.5アシスト。

☆ オスカー・ロバートソン G 196cm 
ロイヤルズ(61-70)→バックス(71-74)
完成された選手。当時は大型PGながらミスター・エブリシングと言はれたオールラウンド・プレーヤー。シーズンを通してのトリプルダブル(61-62シーズン、1ゲーム平均30.8点、12.5リバウンド、11.4アシスト)を達成した唯一の選手。14年間 1040ゲーム出場 平均得点25.7点、7.5リバウンド、9.5アシスト。

☆ ジェリー・ウエスト G 191cm 
レイカーズ(61-74)
ミスター・クラッチと呼ばれた勝負強い選手。スピードを身上としてドリブルが上手く、NBAのロゴマークになっているドリブラーのモデルとして有名。14年間 823ゲーム出場 平均得点27.0点、5.9リバウンド、6.7アシスト。

☆ エルジン・ベイラー F 196cm 
レイカーズ(59-72)
ドリブルが得意とし、身体能力を活かしジャンプしてから多彩な動きで相手を翻弄した。彼のダンクはその後のドクターJやドミニク・ウィルキンス等のダンクスターに影響を与えている。プレーオフで力を発揮できる選手。14年間 846ゲーム出場 平均得点27.4点、13.5リバウンド、4.3アシスト。

その他有名選手
ポール・アライズン、ビル・シャーマン、ハル・グリア、ジェリー・ルーカス、ジョン・ハブリチェック

+++++++++++++++++++++++++++++++++++
豆トリビア -1
ラッセルとチェンバレンがライバルであることは球団も意識していました。65年にシクサーズがチェンバレンの年俸を10万ドル(当時で3千600万円)と発表したあと、セルティックスはラッセルと10万1ドルで契約しました(笑)
理由はチェンバレンよりラッセルの方が優れているから、と言ふことです。

豆トリビア-2
二人ともフリースローは苦手で、チェンバレンは股の下から両手で投げていました。
ラッセル56.1%  チェンバレン51.1%
シャックも少し安心したでしょう(笑)



historivia at 14:40│Comments(7)TrackBack(0) 

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この記事へのコメント

1. Posted by MY [MAIL]   2007/11/22 12:47:14
イラストもあんどうさんが描いてるんですか?
2. Posted by amateur 18 busty [HP] [MAIL]   2008/07/01 3:40:25
rdne
3. Posted by cliff notes for [HP] [MAIL]   2008/07/01 8:09:38
jnyisc jnaduqb
4. Posted by cliff notes for [HP] [MAIL]   2008/07/01 8:10:14
jnyisc jnaduqb
5. Posted by amateur cum katie [HP] [MAIL]   2008/07/01 9:59:55
zgrfk fjme
6. Posted by mma amateur  [HP] [MAIL]   2008/07/01 10:20:24
flaesyh ryvidja
7. Posted by island amateur radio [HP] [MAIL]   2008/07/01 10:40:32
zlqje

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プロフィール
あんどうたかお
日本初のバスケットボール専門誌「バスケットボール・イラストレイテッド」の編集長を経て、 バスケットボール用品専門メーカー「サカイ」のデザイナーとして活躍。ユニフォームデザイナーとして 高校からスーパーリーグまで、ほとんどのデザインを手掛けた。 NBAの伝道者として知られ、NBAの黎明期から執筆活動を行い、NHK BSでも放映初期から解説者として 活躍するなどその造詣は深い。現在はデザイナー業、執筆活動のかたわらNBAでプレーすることを 夢見る若者を支援するNPO「リーチ ユア ドリーム オブ フープ」を主宰している。
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