「改革する人」

2008年4月25日

bjリーグレフリー 上田篤拓さんに密着!




すっかり暖かくなってきましたね。皆さんはお花見しましたか?
私は目黒川沿いの桜並木がお気に入りで、今年も行って癒されてきました。春が一番好き・・・ですが、花粉症で苦しむ季節でもあるんですよね(涙)。

今回のゲストは、bjリーグレフリーの上田篤拓(うえだ あつひろ)さんです。
上田さんは、アジアで初めてNBAから推薦を受けNBAサマーリーグでレフリーを務められた方でもあります。
上田さんの第一印象は「かっこいい」「クール」。全身を黒でコーディネートし、ヘアースタイルは茶髪でビシッと決めていらっしゃいました。色白で華奢、おシャレなその姿は、レフリーというよりアーティストのような印象です。

上田さんは、bjリーグの試合はもちろんNBAなどの試合を分析し編集したものをDVDにまとめ、レフリングへの技術的アドバイスやサンプル・プレイを通じての情報共有に務める、また、研修審判員のトレーニング指導にも携わるなど、常にレフリー全体のレベル向上に励んでいます。

現在のbjリーグ若手レフリーとしてその意識の高さや行動力から、上田さんを「革命児」という人もいるほど。そのクールな印象とはうらはらに、レフリングに対する思いはとても熱いものを持っていました。

「シーズンというある種の『生き物』を、最初に設定した基準でずっと見ていればいいかというと、そうではありません。ゲームも変化していくし、チームもスピードやパワーが上がったり、フォーメーションが変わったりと、どんどん成長していく。そうしたシーズンを通したゲームの成長の中でレフリーがそれよりも後ろにいては、ゲームにフィットしません。ゲームやチームが成長していくシーズンに常にフィットしていくレフリングをターゲットに100分の1秒単位でプレーを見て、そのときレフリーが何を見ていたか?適切なポジションにいたか?そしてそのポジションは正しかったのかなどを、解析ソフトで分析していくわけです」

一試合の分析に所要する時間は、約3時間。多い時には1日に3〜4本の映像を観るため、その作業は長いときで12〜13時間かかるそうです。ひとつひとつのジャッジを念入りに研究し、掘り下げていき、分析していく作業。話を聞いただけで、気が遠くなりそうです。

週末はレフリーとしてコートに立ち、平日はオフィスでアドバイザーとしてのデスクワーク。シーズンが進むうち、試合の映像を納めたDVDはどんどん数を増していきます。
一日中バスケット漬けの生活を送っているので、夢にも出てくるとか。しかしこうした作業も、バスケットボールが続く限り一生続けていくもので、飽きるということはないそうです。

「常にブースターの方に楽しんでもらうためにも、ゲームはいいものに作りあげていきたい。どんなゲームにもそれぞれの感動やドラマがある。その一部になれるということが、レフリーとしての醍醐味です。それこそ、私がレフリーを続けていく上での糧になっています」

bjリーグは試合の中でエンターテイメント的な要素をも求められています。ブースターに楽しんでもらえるようなゲームの質、内容を追求していく中で自然とゲーム中のスピードが増し、そこから接触プレーが増えてきます。

「チームにハンドチェッキングはなくしていくよう呼び掛けています。得点につながるドライブを増やしていくことでリーグ全体のスコアアベレージが上がっていきますから。得点の少ないゲームよりは、スコア率の高い得点争いのゲームの方が、観客の皆さんに楽しんでもらえることは間違いない。勝敗はもちろん大事ですが、『魅せる』という観点から、接触プレーをゲームの中にどう存在させていくかというのは、楽しんでもらえるゲームを育てていく上で、これからも大きな要素となるでしょう」

ただ、レフリーが完全にゲームを支配していてもいいかというと、そうではない。
私自身、現役時代にはこのレフリーになら笛を吹かれても納得する、しょうがないと思えることはたくさんありました。選手とコミュニケーションの取り方、ジャッジの正確さ。特に自分のプレーに対して、笛を吹かれたとき、理由のはっきりとした笛であれば、軌道修正を行うこともでき、そのあとのプレーは思いきりの良さも違ってきます。これはダメ、これはいいという基準がはっきりとしていますから・・・。

上田さんがレフリーをする上で一番気をつけていることに、コート上でのコミュニケーションを挙げていました。コーチとレフリー、プレーヤーとレフリーの関係は、プロスポーツという枠の中ではお互いにパートナーとしてありたいと考えているそうです。
これには私もすごく共感できます。その関係からプレーヤーは気持ちよくパフォーマンスを発揮することができ、レフリーは質の高いジャッジが出来る‐‐そんな状況が良いゲームを作っていくからです。

ところで、上田さんが初めてレフリーをしたのは15、6歳の頃。

「当時、私の知っている限りでは10代でレフリーを目指す人はあまりいなかったように思います。レフリングを教えてくれた方が、『お前レフリーうまいんじゃないの』って言われたひと言で、レフリーって面白いかも・・・。って思っちゃったんですよね(笑)。それからです、もっと、もっとうまくなりたいと本気で思うようになったのは」
「プロというのは、そのフィールドでのモデルであるべきだと思います。bjリーグはプロリーグです。プレーヤー、コーチがプロであるように、当然レフリーもプロ意識をもつ存在でありたい。レフリーとしてのスキルを向上させていくことはもちろんのこと、オフコートでの一人一人の身だしなみ、周りとのコミュニケーション等、自分達がモデルになっているという意識を我々レフリーそれぞれが持っていないといけない、と常にレフリー同士で話しています」


今、レフリーを目指す若者が増えているそう。今まで上田さんが行ってきたことが、確実にカタチになって表れている結果ではないでしょうか。

haradayuka at 15:01|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)
プロフィール
原田裕花
1968年生まれ。山口県出身。元バスケットボール日本代表。ジャパンエナジー(現JOMO)、代表でキャプテンを務めるなど、80年代後半から90年代後半にかけて女子バスケ界を牽引した。アトランタオリンピックで7位入賞。また二度の膝靭帯断裂から見事復活し、カムバック賞を受賞。現在はスポーツキャスターとして活躍中。
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