2008年3月18日

夢のWNBAへ!大神選手の挑戦



この春、卒業を迎えた皆さん、おめでとうございます。

私が高校を卒業したのは???え〜〜っと!考えるのやめましょう!(怖い怖い)。

JOMO、当時の共同石油(チーム名でかなり前の時代とばれてしまいますね。笑)入りが決まっていたので、私にとって高校の卒業が最後の卒業式でした.

今、思い出すと実業団入りへの不安と期待、同じバスケットボール部の仲間と別れる寂しさが入り混じり、複雑だったような気がします。

今回は、みなさんもご存知のとおり、シンことJOMOの大神雄子選手のアメリカ女子プロリーグ・WNBAへの挑戦についてお話します。

3月5日にその記者会見が開かれました。このbjtvで流れている映像は記者会見でのものです。明るくて、真っ直ぐで、何に対しても物怖じしない彼女の姿がわかると思います。


WNBA!皆さんは御存知かと思いますが、あえて説明をするとNBAの女性版、アメリカ女子プロリーグです。もちろん世界最高峰のリーグです。

1997年にスタートしたこのリーグは、現在14チームが所属しています。イースタン、ウェスタンの2つのカンファレンスに別れて、レギュラーシーズン後に各カンファレンス上位4チームがプレイオフへ進出し、チャンピオンを争います。

現在女子日本代表・アシスタントコーチの萩原美樹子さんがWNBA発足当時、サクラメント・モナークスに指名されて渡米し(その後フェニックス・マーキュリーに移籍)97年、98年の2シーズン在籍していたことはご存知でしたか?彼女の在籍中は、アメリカまで番組の取材で追っかけて行ったものです。今回もアメリカに行くことができたら・・・と。

シンのWNBAへの道は昨シーズンチャンピオンのフェニックス・マーキュリーからシンのもとにトライアウトの招待状が届いたことから開けました。田臥勇太(アナハイム・アーセナル)選手が日本人初のNBA選手として契約を交わしたのもフェニックスサンズでしたね。

彼女のWNBA、ファーストチャレンジの道のりは、4月上旬に渡米、4月19日〜トライアウトトレーニングキャンプ。ここでOKがでると、5月1日〜3日までプレシーズンゲームに挑戦できます。そしてこのプレシーズンゲームで結果をだし合格すれば5月17日からのレギュラーシーズンでWNBAプレーヤーとして開幕を迎えることとなるのです。開幕戦ホームコートに立つには、すべてに一つ一つ果を出していかなくてはならないサバイバルです。

「アメリカでプレーすることは子供の頃からの夢ではなく目標でした。パフォーマンスをする場所が日本とアメリカでは違いますが、司令塔・ポイントガードとしてしっかりと指示を出せるように、自分らしさをアピールしていきます。応援をしてくれる皆さんのためにも今までお世話になってきた人への恩返しをする意味においても、がんばっていくことが自分の使命だと思っています」真っ直ぐ見つめて、丁寧にコメントをする彼女の姿に、その意思は十分に伝わってきました。

この日、記者会見の前に偶然、シンにバッタリ会いました。それもトイレで(笑)。
6日前(2月28日)に終了したWリーグファイナルでの敗戦にかなりのダメージを感じていたようですね。

「ファイナルが終わってから今日まで自分の中でバタバタして気持ちがぐちゃぐちゃでした。」と・・・

記者会見で「何が足りなかったのか?どうすればよかったのか?」と聞かれ、答えが出せなかったときにフェニックス・マーキュリーのコーリー・ゲインズヘッドコーチからの招待状を受け取ったのだそうです。バスケは結果が求められる世界。挑戦をする資格があるのか?」自問自答を繰り返していた時、内海知秀ヘッドコーチから「選手は止まってはいけない」とアドバイスを受け、気持ちが決まったそうです。悔しさを糧にして、思いっきりWNBAに挑戦することを・・・。

そのWNBAへの挑戦は、「とにかく実際に参加してみないとどうなるのかわからないんです。オリンピック最終予選とWNBAレギュラーシーズンが重なってしまう。」と複雑な様子も伺えました。
「代表のみんなに迷惑かかると思う。しかし中途半端な気持ちの挑戦ではないんです。自分が挑戦をしたことで、バスケット界が盛り上がってくれたら!そして私がコートに立つことが、日本代表のためになると思っています。ただ願望なのかもしれませんが・・・・・・・チームに還元できるようにがんばってきたい」

私の場合も、目の前の目標を一つ一つクリアをしていくことで、夢のオリンピックへとつなげてきました。目の前に広がるチャンスがあるのだったら、やっぱりまずは挑戦するべき。今、できることを一懸命に・・・大切に・・・子供の頃からの目標であればなおさらのことです。

しかし日本代表としておかれている自分の立場、日本女子のオリンピック出場にむけてと考えると気持ちはすぐにWNBAへと切り替わらないでしょうね。
自分がおこす行動の責任の意味をしっかり受け止めて、相当の覚悟をもたなければいけないのですから・・・。オリンピック世界最終予選をひかえているという状況なだけに本当に難しい選択だと思います。シンの「頭がぐちゃぐちゃでした」という気持ち、本当によくわかります。


シンは一歩一歩階段を確実に上ってきています。これからもまだまだ昇り続けます。


フェニックス・マーキュリーのチームスタイルは”RUN&GUN”ですから、シンのバスケットボールスタイルにとってもあっていると思います。トランディションも速く持ち味を発揮しやすいと思うんです。みなさんもよく知っていると思いますが、シンは個人技、スピード、得点力どれをとっても抜群。ボールをもったら何をしてくれるんだろう?といつもワクワクさせてくれます。個性豊かなキャラクターで観客を楽しませてくれる選手ですよね。トライアウトでは、その持ち味を武器にガード(司令塔)としてどんなアシストパスを披露アピールしていくのかとても興味深いところです。

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記者会見後、ラッキーなことがありました。一旦、記者会見場から退場したシンがなんと戻ってきたのです。

最後まで残っていた私は、JOMO関係者の方に進められるがままに、彼女とツーショットの写真を撮ることになりました。後輩であってもスター選手。今回の取材は個別取材はなしでという形がとられていました。ツーショットで写真など撮ることはなかなかできません。

そんな中、一緒に写真を撮ることができたのです。JOMOスタッフの皆さん、そしてシンに本当に感謝です。

別れ際に「色々と迷うね」。と尋ねると、「迷いますね・・・・・」と言いながらも記者会見が終了をした彼女の顔は、トイレであったときよりも、WNBA挑戦を発表したことで目標も定まり、晴れ晴れとしたように見えました。




haradayuka at 10:19│Comments(0)TrackBack(0) 

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プロフィール
原田裕花
1968年生まれ。山口県出身。元バスケットボール日本代表。ジャパンエナジー(現JOMO)、代表でキャプテンを務めるなど、80年代後半から90年代後半にかけて女子バスケ界を牽引した。アトランタオリンピックで7位入賞。また二度の膝靭帯断裂から見事復活し、カムバック賞を受賞。現在はスポーツキャスターとして活躍中。
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