2008年3月27日
川面剛(ライジング福岡)〜故郷でつかんだ「離したくない夢」〜
取材・文:小永吉陽子
地元の憧れの選手「ツヨシさん」
「ツヨシさーん、頑張って!」
11月21日、琉球ゴールデンキングスとの新規参入同士の戦い。記念すべきホーム初勝利を飾ったこの日、川面剛の一番の応援部隊は、クリニックで指導した大勢の子どもたちだった。川面のことを「ツヨシさん」と呼ぶミニバスの子どもたちは、川面がシュートを入れるたび、ボールを持つたびに応援席から身を乗り出してはしゃいでいた。子どもたちにとって、ツヨシさんはバスケットの先生であり、地元の憧れのプレイヤーなのだ。
「ツヨシさんって声援をもらうと、頑張れちゃいますね(笑)」
川面剛と接すると、きっと誰もがファンになってしまうだろう。浅黒い素肌に、笑顔からのぞく真っ白い歯。誠実で気さくな性格であり、周りへの気遣いは人一倍。好青年という言葉がよく似合う川面剛は、キャプテンとして、司令塔として、チームリーダーとして、すべてにおいてライジング福岡の顔となっている。 実直な性格だからか、シャイな一面を持つからなのか、川面は自分のことを多くは語ろうとしない。ましてや、ライジング福岡がbjリーグに参入するまでの苦労話を聞きだそうとしても、「あの時はきつかったですね」と苦笑いするだけで、すべてを過去の話にしてしまう。川面は“今”を懸命に生きる男だ。
「ツヨシさん」と慕う子どもたちと同じくらい、自身も川面剛の大ファンだという山本華世球団代表が、彼の思いを代弁してくれた。
「ライジングは『福岡にプロチームを』という川面の熱い思いで設立したチームなんです。bjリーグ入りすることを前提に、福岡BBボーイズ(福岡のクラブチーム)で活動をしていたけれど、プロチームになれるという保証はどこにもなかった。そんな不安な中で川面は一人で地道にクリニック活動を続け、スポンサー集めにも協力してくれた。チームで一番年上の彼が、練習に、クリニックに、ボテランティア活動に、自ら進んで熱心にやる。若い選手たちは、そんな川面の背中を見て育ってきているんです」
二度引退した男が味わう「バスケができる喜び」
これまで川面は現役を二度引退している。2004-2005シーズンをもって、9年間所属したJBL松下電器(現パナソニック)から去る時が一度目。その直後、新しく福岡に立ち上がることになった福岡レッドファルコンズでプレイするために、再びJBLに登録することになる。「生まれ育った故郷にバスケットを広めたい」思いから復帰を決意したのだ。
しかし、レッドファルコンズは1年目から経営不振に陥り、14試合を残してJBLから退会。この時が事実上、二度目の引退だった。チームメイトが次々に福岡から去り、新天地を模索していく中で、川面は一人で福岡に残り、かといってすぐには身動きを取ることもできずに、今後の身の振り方を自問自答していた。山本球団代表はこの時の川面の苦しみを知っている。
「本人は、もうバスケットボールはできないんじゃないか…とまで自分を追い込んでいました。故郷で頑張ろうとした矢先にチームがなくなったのですから。何が彼を動かしたかというと、『福岡をこのままにしたくない』という、その思いだけですよね」
2006年、クラブチームの福岡BBボーイズに所属しながらプロリーグ入りを目指すことを決めた川面は、将来も何らかの形でバスケットボールに携われるようにと、福岡大学大学院スポーツ健康科学研究科修士課程に入学。教職課程を履修しながら、自身の可能性を広げていった。さらには、福岡大女子バスケットボール部のアシスタントコーチを務める新境地も開き、その傍らでbjリーグ入りに向けて、プロモーションやクリニックなどの普及活動に精を出す毎日を送った。すべては「もう一度、福岡にプロバスケットボールチームを作る」ため。やれることはすべて自分の手で切り拓いてきた。
だから、心の底からの笑顔で言う。「環境は自分で作るものだということが、福岡に来てわかった。松下の看板を下した時に、バスケをするのがこんなにも大変なのかと知った。バスケに対する思いは今も昔も変わらない。けれど、コートに立った時の気持ちは今のほうが、すごくうれしいんです」
意識を高め、チーム力を上げ、着実に形成されていくプロチームの形
ライジング福岡は前線から激しくプレッシャーをかけるフルコートディフェンスと、ファーストブレイクを売りにしている。シーズン当初からポイントガードの仲西淳が負傷したこともあり、川面はフル出場に近いプレイタイムの中で福岡の走りを支えている。
川面が急成長を遂げた流通科学大時代。インカレで全国デビューした時、「誰だ!? この速い選手は」「なんだ!? この運動能力の高さは」と、突如注目を集めたものだった。「175pでダンクができる選手」――川面の持ち味は30を超えた今も色褪せない。だが、プレイスタイルは変わってきている。同じポイントガードをしているといっても、どちらかというと、スピードで掻き回すタイプだったJBL時代と比べ、ゲームを掌握する立場にいる今は、歴史も経験も浅いチームをまとめる難しさに直面している。
3月23日現在、ライジング福岡は14勝24敗でウエスタン・カンファレンス4位。1月11日からは8連敗を喫してしまい、ワイルドカード争いに絡むギリギリのところにいる。8連敗中には、東京アパッチに延長戦に持ち込まれ、逆転負けを喫した無念の試合もあった。延長で敗れたあと、川面は悔しさと怒りをあらわにしていた。
「プロとしてライジングの看板を背負っている以上、選手がもっと『勝ちたい』という思いを表に出していかなきゃいけないのに、まだ表に出せていない。新規参入とか関係なく、チーム内の意識がまだ低い。僕はみんなに言うつもりです。こんなんじゃ勝てないって」
JBLで引退、休部を経験。ライジング福岡の立ち上げから関わり、「バスケができない苦しみ」を味わってきた男だからこそ、「バスケができる今」若い選手たちに伝えなきゃいけない思いがある。
2月に入り、チームは少しずつ変化していく。8連敗以降、東京アパッチ戦を除いて、同一カードでの連敗はしなくなったのだ。アーリーチャレンジ制度により、大東文化大から竹野明倫と、昨年高松ファイブアローズに在籍していた中川和之が加入したことがチームに活力を与えている。ともに川面と同じポイントガード。「2人が入ったことで僕自身はずいぶん楽になりました。今までは心臓破りなプレイタイムでしたから(笑)。何よりチームに競争意識が芽生えてきたことがいい。チーム力が底上げされてきたことを実感しています」
川面の声のトーンは少し上がっていた。
川面にコンタクトを取って話を聞いたのは3月のある日の練習後、球団事務所にいた夜のことだった。聞けば、スタッフと打ち合わせをしていたという。スポンサーへの関わりやイベントの実施など、コート外のことにも気を配っているからだろうか。山本球団代表の言葉を借りれば「選手としてやらなくていいことも、放っておけない」のだろう。でもきっと、川面にとっては裏方の仕事も、運営面での打ち合わせも、決して苦ではない。自身の手によって広めた福岡のバスケットボール熱は、少しずつながら着実に浸透してきている。広めた熱意を受けて、会場に足を運ぶファンへの感謝の気持ちこそが、川面剛の今を動かす原動力になっているのだから。

写真:アフロスポーツ/bjリーグ
