バスケットボール
2008年4月30日
原点としてのストリートボール
日本初(おそらく)のストリートボール情報ウェブマガジン「Breakin'」が25日に創刊しました。
http://www.brkn.jp/
このサイトは、SOMECITYやLEGEND、以前このコラムでも取り上げたALLDAYなどのイベントレポート、ボーラー(選手)のインタビュー等を通して、より多くの人々にストリートボールに親しんでもらおうというコンセプトのもと、立ち上がりました。
私も創刊号の企画段階から関わっていまして、何本か記事を書かせていただきました。
プロへと巣立っていったボーラーとして、東京アパッチの青木康平選手、岩佐潤選手のスペシャルインタビューも掲載されています。是非ご覧になってください。
さて、この「Breakin'」のお仕事を請けたあと、当然ながら様々なストリートイベントを見て、ストリートで生きる人の話を聞いて、ストリートボールのことを考えました。特に一生懸命考えたのは創刊号の特集にもなっている「ストリートボールって何?」という命題です。
「ストリートボールって屋外のコートでプレーすることじゃないの?」
答えはNO。なぜならば屋外施設で行われるSOMECITYやLEGENDもれっきとしたストリートボールです。本場アメリカのAND1ミックステープツアーも屋外で行われています。
「なんか派手なことするやつでしょ?股抜きとかドリブルで魅せるやつ。」
これもNOです。競技バスケと同等に、堅実なプレーで人気と注目を集めるボーラーもたくさんいます。
じゃあ一体ストリートって一体何なのさ!?と、結局堂々巡りになってしまうのですが、青木康平選手のある一言に、胸をコツンと動かされました。
「ストリートボールは『原点』だと思います。」
日本の子供がお父さん相手にキャッチボールをするように、アメリカの子供は、近くの公園に設置されている果てしなく高いリングを目指し、父親を相手に1オン1を楽しみます。
スラムダンクの「小坊主」こと沢北栄冶は、生まれたときから皮のバスケットボールをおもちゃにして育ちました。家にはお手製のリング。毎日日が暮れるまで父親相手に1オン1を挑みました。
これがストリートボールの原点。
音楽にせよ、美術にせよ、各地の生活様式にせよ、文化と呼ばれるものは、私たちが生まれたときから自然と親しみ、無意識のうちに体と心の中に構築されていくものです。
つまり、ストリートボールとは、バスケットボール文化全体の象徴なのではないかと思うのです。
しかし、私がライター陣との打ち合わせ中この沢北の話を持ち出したとき、「でも、実際問題日本にはそれはないですよね。」と一蹴されました。
その通りです。たいていの人がバスケットを始めるのは、ミニバスや部活。原風景としてのバスケットではなく、チームという組織の一部としてのバスケットが体と頭に刷り込まれるわけです。
これでは日本にストリートボール文化どころか、バスケットボール文化が根付くわけがありませんよね。
私は日本にバスケットボール文化が定着することを心から願い、活動を続ける人間の一人でありますが、そのためには原点回帰しなければならない。
というよりも私たちの手で原点を作り出さなければならない、と気づかされたのです。
ストリートボールは「個」のバスケ。ボールを使っての自己主張合戦です。だからこそ、競技バスケットとはまた違う、選手一人ひとりの生の輝きがまばゆいばかりにせめぎあい、多くの人が惹きつけられるのだと思います。
バスケットに携わるすべての人たち使命。それは、バスケットボールで自己紹介できる子供たち、バスケをアイデンティティとする子供たちが、この先の日本にたくさん誕生する環境を作り上げることではないでしょうか。
2008年4月2日
ALLDAYを見てきました
日曜日、以前紹介したALLDAYを見に行きました。
ALLDAYとは何ぞや?という方は
ALLDAY公式サイトをご覧になってください。
http://alldaymag.com/
この日の東京の予報は「午後から雨」。
主催者側が開始時刻を早めるなどの対策をとったのが功を奏し、準決勝から少し降り出したのですが、なんとか全日程を終了しました。
最後は「本当に桜咲いてるの??」っていうくらい寒くて、寒さに弱い私は震えすぎたせいで顔面が筋肉痛になり、観客は決勝戦が終わった瞬間、蜘蛛の子を散らすように離れていきましたが(笑)
でも、あれだけの寒さの中、決勝戦の勝敗が決するまでを見届けた観客はとても多かったです。改めてストリートファンの熱さを思い知らされました。
そしてその後、イベントが終わった3時過ぎから、降りしきる雨の中で七時過ぎまで撤去作業を行った(そしてそのあと打ち上げをした)というスタッフの皆さんの情熱にも頭が下がります。お疲れ様でした!
今回優勝したのは、はるばる愛知県からやってきた初出場チーム、PROLINEです。準決勝で、2大会連続優勝していたTeam-Sに快勝、決勝のAT平塚Connections戦も、前半で25-6と大差をつけたのち、ぶっちぎりで優勝を決めました。

このPROLINE、ストバスのチームにしてはディフェンスがタフだし、かちっとしたバスケットをするなぁと思っていたのですが、あとで聞いた話によると、彼らはつい先日開催された全国クラブ選手権でベスト4入りした、体育館バスケの強豪チームだったのです。
特にMVPとなった#5マイケル・キースの身体能力は目を見張るものがありました。

今回のALLDAYは、このPROLINEのように地方から参加したチームがいくつかありました。
また、チーム編成も、男女混合、子供と大人のミックスチームなど非常にバラエティに富んだものとなりました。
「2005年に出場チーム8チームのワンデートーナメントとして始まったALLDAYですが、8チームでは出場するチームも固定してきて、マンネリ化してしまったんです。2007年からツーデーでコートを2面使うようになって、42チームが参加できるようになりました。現在は参加希望チームが多すぎて、出場をお断りしなければならない状態にまでなっています」とは、ALLDAYを主催するNPO法人KOMPOSITIONの秋葉直之専務理事。
秋葉氏自身はバスケット経験はないそうですが、以前ナイキに勤務されていて、代々木公園ジョーダンコートの寄贈を担当された経験をお持ちです。
そんな方が、現在、ジョーダンコートで行われるALLDAYのオーガナイザーとして活動されているのですから、縁というのは面白いものですよね。
スタートから3年にして、早くも14回の開催を重ねたALLDAYですが、秋葉氏曰く、今後はもっと参加チーム数を増やし、観客のホスピタリティの充実のために参加型のイベントや出店を増やすなどの工夫をしていきたいとのことです。
また、bjブースターなら要チェックなのは、5月に行われるオールスターゲーム。
実は昨年のこのイベントには、波多野和也選手、青木康平選手、ダレン牧聡選手など、bjリーグの花形選手たちが参加しているんです。
午前中は、一般参加者のピックアップゲームを行い、ここで目立ったプレーを見せた選手は、夕方行われるオールスターゲームに参加することが可能となります。
秋葉氏は「今年も是非楽しみにしください」とおっしゃっていたので、もしかしたら憧れの選手と一緒にプレーできるかもしれませんよ?
「すべてはバスケのために」が合言葉だというALLDAY。
ストリート、競技バスケ。プレーヤー、ファン、バスケを知らない人。
それらの垣根をすべて取っ払って、ストリートだからこそ実現できる、誰もが楽しめるバスケットを追求していってもらえたらな、と思っています。
※今回の写真は私のバスケ仲間、ウラン嬢が撮影してくれました。
ありがとう!
2008年3月19日
春の到来とノスタルジー
こんにちは。
私はおととい、社会人一年生として始めての確定申告を済ませてきました。
締めきり当日のギリギリ提出でした…。
本当はもっと早く準備して提出する予定だったのですが、直前に体調を崩して寝込んでしまってた上に(先週のお休みはその余波です。楽しみにしてくださった方、すみませんでした)、土曜日に仕上げたはずの書類に大量のミスが発覚したため、もう一度税務署から書類をもらって書き直すハメに…。
「確定申告はすっごい大変」といろんな人から聞いてしましたが、私のような、収入もたかが知れているひよっこライター(涙)はそんなに大変じゃないだろうとタカをくくっておりました。
しかしなんだかんだやっぱり大変…。ふう。
全国の個人事業主の方、今年度もお疲れ様です(笑)
さて、東京近辺の空気もめっきり春めいてきましたね。
私は久しぶりにお日様が照っている時間帯に外を出歩きまして、クシャミを連発しながらも春の訪れをしみじみ感じておりました。
自宅のそばに、早咲きの桜の枝があるのですが、なんともう若葉が芽吹いています。
税務署の近くにある高校のグラウンドでは、金属バットのカキーンという音と、真っ白い練習用のユニフォームに身を包んだ高校球児の姿が。
ああ、春なんだなぁと思う瞬間です。
なぜ高校球児の姿が春を思い起こすの?と思われるかもしれませんが、私の母校の野球部は、秋季大会が終わって3月までは筋トレ期間で、この季節からようやくグラウンド練習が解禁されていたんです。
何を隠そう、私は高校時代、野球部のマネージャーをやっていました。
父や弟が野球好きだったこともあって、少年野球やプロ野球、いつも野球が近くにあった幼少時代から思春期。友達に誘われて「野球好きだし、まぁいいか」というなんとなくな気分で入部しました。
自分の世話もできないくせにまぁよくも人のお世話をしようなんて考えたものです。
これまた何を隠そう、それまでピアノとエレクトーンとトランペット、ずっと文化系の王道を走ってきた私が、初めて近くで触れたのが野球部でした。
点数でどうこう言われない音楽に比べ、スポーツのそれには明確な勝者と敗者がいます。
シンプルさと、それゆえのシビアさ。
流れた幾筋もの涙。
でも、一介のマネージャーにできることはあまりにも少なくて、いつでも歯がゆい思いでいっぱいでした。練習試合のときに部員にまぎれて野次を飛ばしまくって相手の監督に激怒され、「ああ、部員だったらこんなこと言われなくてすむのに…」と大泣きしたこともありました(笑)
そんな中で勝手に始めたのが、部員たちの観察日記をつけることでした。
その日の練習メニュー、コーチのアドバイス、部員の表情、ぽつりと漏らした一言…。部誌や自分のスコアに書き留め、自分なりの視点でチームの状態をまとめました。
これが今の私の原点です。
運動神経もないし、スポーツに打ち込んだ経験すらない。体育祭で活躍する同級生がずっとうらやましかった、普通の人間。
そんな人間でも自分の目で見て、書けることがあるんだ。スポーツに深く入り込んでいけるんだ。この気づきが、私をこの業界へと導いてくれました。
「で、なんで野球好きがバスケットライターに?」
というところは、また別の機会にでも書こうかと思います。
というわけで、この季節のワクワク感っていうのは、野球部出身としては格別のものがあるのです。まだまだとっても寒いのですが、綺麗に整備したグラウンドに、パリっと洗いあがったユニフォームに身を包んだ選手から伝わってくる高揚感。空に広がっていく大きな声。格別の趣きがあるものです。
というバックグラウンドを持つ私は、花粉症は辛いけれど、このぽかぽかした幸せな陽気の下、スポーツをぼーっと眺めることがこの上なく幸せな瞬間です。(よく地元の少年野球の試合を、身内でもないくせにニヤニヤしながら見ています)。
バスケット界もストバスのシーズンが到来!
来週末は代々木公園にてALLDAYが開催されますね。
http://www.alldaymag.com/
普段はアリーナでしかバスケを見ないという方も、この季節ならではの「外バス」の気持ちよさ、体感してみるのはいかがでしょうか?
2008年2月19日
早稲田大学・近森裕佳の思い(後編)
早稲田の絶対的なエースとして活躍した近森選手。そのプレーには時々エースとしてのプレッシャーが見えました。
リーグは特にそのことで悩みました。
点差が開いたり自分へのマークがきつくなったら、周りのサポートが必要になるじゃないですか。でも、試合を通して僕ばかりが攻めているので、周りに少ない機会で結果を残せっていうのは酷なのかな、と感じていて…。
監督には「アシストを意識しろ」と言われてプレーしていたら自分がリズムがどんどん崩れてしまって、一時期それでどうしたらいいかわからなくなって、すごく悩みましたね。
スタッツを見ても僕のシュート数だけ異常に多いじゃないですか。それで勝てばまだ問題ないですけど、「40点とってもチームは負けました」だったら、40点取ろうが何しようが、一番多く攻めているのに一番失敗している自分のせいだって思っていました。
だからいつも「もう一人スコアラーがいればな」って思っていました。リーグでは井手(勇次・1年)が頑張ってくれたんですけど、やっぱり苦しいときになったら一年生に自分と同じものを求めるのはかわいそうだし、山田(純也・2年)も今年はあまりうまくプレーできなかった。
その中でインカレでは風間(俊亮・4年)がやっと自分らしいプレーを見せてくれたように思います。
インカレでは僕が無理しなくても風間が点をとってくる。あとは井手もいる。チームで攻めているという感じが出たと思います。
風間のバスケセンスは早稲田の中でも1,2番なので、インカレで風間の良さが見ている人にも伝わったと思うと嬉しいですね。
自分でしか得点を稼げないという状況に、当然ながら少なからずフラストレーションもたまっていました。しかし、近森選手はその苛立ちを、他人でなく自分へ向けていました。この考え方は4年間で築かれたものだと話します。
練習中は色々言いましたが、それよりも自分がもっとできなかったかなって考えていました。
中学高校のときは「自分が目立ってナンボだ」って思って、自分勝手にプレーしてましたよ。大学1年のときも割と自由にやっていました。
でも、学年を重ねて、今度は自分が中心になったとき、自分勝手なプレーはできないなと考えるようになりました。
ひとつひとつのプレーに責任を持たなければならないし、シュートもミスを少なくしたかった。
そのことを4年になって一番考えました。まぁ結局ガンガン攻めてましたけどね(笑)
1年生のときは本当に生意気でしたね。
リーグ戦の日体戦のときに終盤の接戦でタイムアウトになったんです。その日は賢伸さん(高木・横河電機)がバカ当たりしていたので「賢伸をフリーにして打たせるぞ」って話し合ってたのに、僕は1年の分際で「俺空いてたら打ってもいいんですか?」って言って「お前何言ってるの」って先輩に言われました(笑)
1年のときは本当に遠慮がなくて、賢伸さんや洋介さん(菅原・レラカムイ北海道)によく怒られましたね。僕が4年でそんな1年が入ってきたマジでキレますよ(笑)
4年間一緒に戦ってきた4年生とは固い絆で結ばれました。「今年の4年生は結束力が強い。」どの選手も自信を持ってこう話していたのが印象的でした。
早稲田に入って、今の四年の代でプレーできてつくづくよかったなって思います。高校のときの僕は、「頑張るなんてめんどくさい」みたいなタイプだったんです。
ウェイトトレーニングを頑張るようになったのも同期のおかげ。1年のときはウェイトを全くやってなくて、すごい頑張っていた竜二(高橋・4年)に向かって「全然意味ないよ」って馬鹿にしてたサイテーなやつだったんです(笑)
その後スプリングキャンプや試合の中でウェイトの重要性というのを感じて、竜二と一緒に筋トレを始めて、それでだいぶ変わったかなって思います。
ふざけるときはふざけるけれど、やるときはみんな真面目に頑張って、そういうとこですごい影響される部分が多かった。感謝しています。
2年の春、ジェリコ・パブリセビッチ前日本代表監督が提案したスプリングキャンプに呼ばれたことで、バスケット、日本代表への意識が変わった。以前他のインタビューでこう話していた近森選手。しかし、大学最後の年、彼は李相佰日本代表から落選。辛い時期を過ごしたと言います。
(李相佰代表は)スプリングキャンプに行って僕の中では自信あったし、落ちたことに納得できないって気持ちがとても強かったです。ちょっとバスケが嫌になってしまいました。バスケをやっている以上は、一度でいいから日の丸を背負って戦ってみたいっていう気持ちがあったので、オフは休日返上でトレーニングやって選考に備えて…結果がそれだったんで。
でも、李相佰落選は僕の個人的な事情であって、チームはシーズンが始まったばかり。個人的な理由で周りに悪影響を与えるのが一番意味がないし、スプリングキャンプに呼ばれても意味がないって思って気持ちを切り替えました。
周りも「リーグとかトーナメントで見返してやればいいじゃん」ってすごい励ましてくれて、確かにそうだなって思いました。
まぁすごい悔しかったけど、それをバネに頑張れたからよかったかなって思います。
しかも僕は幸運にも、これからはA代表に選ばれる環境に身を置くので、狭き門ではあるけれど、心のどこかにおいて、いつか達成したいなとは思っています。
ということで、近森選手は来年からJBL・日立サンロッカーズでバスケットを続けます。若手中心のチームながら、オールジャパンではベスト4に食い込む活躍を見せた日立で、まずはスタメン獲得に向けての戦いが始まります。
日立は若い選手が多いから、そこで競争に負けたら長いこと出られなくなると思います。
早稲田の代表として、色々な人の期待を背負ってチームに入るので、僕が試合に出て少しでも頑張ってる姿を見せることで恩返しができればと考えています。
今までのバスケットとはケタ違いにレベルが変わるシビアな世界。難しいことだってわかってるけれど、臆せずに自分の強気な性格を生かして頑張りたいです。
目標は、まずは日本一になること。そして、日本代表に入ってプレーすることです。
高校のときにウィンターカップでベスト8に入って、早稲田では関カレで準優勝。「これは届かないところじゃないな」ってことがわかったので、じぶんが現役である限り目標においてやっていきたいなと思います。
日本一になるって感覚はきっと特別なもの。自分はバスケットを続けてきて、これからもずっと続けていくわけだし、その中で極めたいっていう気持ちが年々強くなってきています。
昔はそんなこと全然思わなかったです。中学からバスケットを始めて、今が一番「うまくなりたい」って感じていると思います。
年々上の舞台を見る機会が多くなってきて、そういうのを見れば見るほど気持ちが高まってきて…。もっとうまくなりたいな、試合に勝ちたいなって思うようになりました。そういう気持ちが続く限りバスケットを続けていくんだと思います。
「最後に思い残したことがあれば」と、たずねると「後悔」について語りだした近森選手。4年間彼を取材して、「悔い」という言葉がまぁよく出てくる選手だな、と感じていました。しかし、それは決してネガティブなことではありません。きれいごとのない現実をしっかりと受け止めて、そこから戦う…。近森選手の発する「悔い」は、人間としての彼の強さが込められたポジティブな言葉だと知りました。
悔いは絶対残るもんだと思うんですよ。
よく「負けたけど悔いはありません」とか言いますけど、そういうことは所詮きれいごとだと思っています。
どういう形であれ悔いは残る。それを次にどう生かすかが大事なんです。
後輩たちには今、悔しい思いをして春に向けて頑張っていると思うけれど、大学4年で感じたのは、「練習でやったことしか試合では出ない」ってこと。
「試合に悔いを残さないように」って考えるんじゃなくて、毎日の練習とかそれぞれの関わりから大切にしてほしいです。
これは早稲田の後輩に限らず、バスケットに限らず、違うジャンルで頑張ってる人にも言えることだと思います。
悔いが残らない人生なんかない。それをモチベーションに変えることが一番重要なんです。人生ポジティブにいかないと楽しくないと思うんで。悔いをポジティブなものに変えて、還元して頑張っていくことがバスケにおいても人生においても重要じゃないかなと思います。
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近森裕佳(ちかもり・ゆうか)
1985年6月26日、東京都出身
ひばりが丘中→國學院久我山高→早稲田大
体の強さと「何が何でも決めてみせる」というシュートへの意欲が光るフォワード。
来年度からはJBL日立サンロッカーズでプレーする。
ちなみに「裕佳」という珍しい名前の由来は「偉いお坊さんにちなんで名づけられたと思うけれど本当のところはよくわからない」とのこと。
この変わった名前を本人もとても気に入っているらしい。
191センチ、89キロ。
2008年2月13日
早稲田大学・近森裕佳の思い(前編)
B-1JAPANも無事終了し、今の4年生のプレーを大学のユニフォームで見られることもなくなりました。そう思うと、なかなか寂しいものです。
そんな4年生の一人、早稲田大学の近森裕佳選手。プロフィールにもありますように、私は学生時代から、早稲田のバスケ部をずっと取材してきています。その縁もあって、早稲田の柱として成長した近森選手の4年間を思い入れ深く見てきました。
鬼神のような表情でゴール下に飛び込んだと思いきや、一転、涼しい顔でスリーポイントを放つ…。大学界随一のスコアラーとして活躍した近森選手は、チームを引退した今、どんなことを考えているのでしょうか。
オールジャパンが終わって一週間。つかの間のオフを楽しむ彼に、お話をうかがってきました。(1月11日 取材)
いやーやることがない(笑)引退して三ヶ月くらい暇じゃないですか。社会人になったらもうこんなことはないから、とにかく遊ぼうとみんな意気込んでたんですよ。でも毎日遊べるわけでもなく、時間の有効活用がなかなか難しいですね。
今は大学っていいなってすごく感じています。こんなに好きなことができて、グダグダできるっていうか甘えられる時間は、これから二度と来ないじゃないですか。そういうのは4年になってすごい感じていました。後輩たちにも「4年間本当にあっという間だから、好きなことやってバスケをやったほうがいいよ」って言っています。
シーズン当初から「日本一になる」という目標のもと、戦ってきた早稲田の4年生。春のトーナメントでは準優勝を果たしたものの、その後の大会では結果を残せませんでした。
「自分たちの代になる」っていう特別な思い入れもあったし、メンバー的にも、他のチームを見ても、絶対今年は頑張れば(優勝が)いけるって思って、シーズン前から4年で話し合ってやってきました。
でも…僕ら4年の力不足でこういう事態を招いてしまった。周りの人から見れば最悪なシーズンだったと思われても仕方がないし、そういう部分は悔いが残ります。周りの人の期待を裏切ってしまって、後輩たちにかわいそうなことをしたということは4年が一番感じているし、自分たちの力の限界をまざまざを痛感させられたシーズンになりました。
でも、悔いても過去を変えられるわけでもない。この一年で本当にいろんなことが経験できて、4年生はそれを必ず将来に役立てられると思います。後ろばかりを見ずに、前を見て進んでいくことが、僕ら4年には重要なことかなと思っています。
近森選手が語る「悔い」。その最たるものが、2部降格です。
リーグ中は、雰囲気があまりよくなかったですね。でもみんなどこかで「大丈夫だろう」っていう慢心を持っていたと思います。
特に法政戦の前からはひどかったですね。法政前の練習は勝てる練習じゃなかった。結果的に一戦目は前半勝ってたけど、後半からうちのリズムが崩れっぱなしで、リーグ後半から入れ替え戦まで、全然うちらしいリズムが出なかった。あそこで立て直しがきかなかったことは、今でも反省しています。
入れ替え戦は、1戦目の最後に自分がケガをしてしまったことがきつかったです。中央の富田の野郎に突っ込まれて…(笑)何かの取材でそういうふうにコメントしたら「お前、俺が突っ込んだとか言うなよ」って本人から言われました(笑)確かに、あんなケガなんて自分で防げるものでしたから。
2、3戦目は中央がアジャストしてたし、自分でもケガを気にして、リズムを崩してしまっていました。それが周りにも影響してしまったのかもしれません。
あの試合に限って言えば、前半で点差が開いちゃって、もうみんな何をやったらいいかわからない状態になっていました。ハーフタイムでは「ディフェンスで盛り上がろう」っていう漠然としたことしか話し合えなくて…。
自分たちで修正していかないといけないっていうのはわかっていました。でも混乱しちゃって立て直す人がいなくなって、そしたらズルズルといってしまった。
入れ替え戦からインカレまでの2週間。その期間は近森選手にとって、非常に濃い、記憶に残る時間だったと言います。
僕らは最後にすがるとこを何ももっていなかったんです。それは戦術ではなくて…原点回帰と言ったらいいかな。練習で自分たちが力を入れてやってきたことを、そういうときにこそ思い出す。そういうスタイルがありませんでした。
インカレ前の練習では、ディフェンスをしっかりして、そこからの切り替えを早くしてアーリーオフェンスという大前提を用意していて、苦しくなったときに、もう一度そこに戻ろうと話しあいました。また、点差が開いてマンツーじゃあ対応できないときはゾーンを展開しよう、とか。
入れ替え戦からインカレまで2週間しかなかったので、用意できたものはそんなに多くはないけれど、最低減のもので自分たちのベストができるようなベースを作りました。
この期間の練習があったからこそ、インカレまで頑張れた。青学には勝てなかったけれど、自分たちの中では納得できる練習をやった来られた、というのは大きな経験になっています。
次回は、近森選手の同期への思い、これからの目標、ちょっとしたこぼれ話をまとめてご紹介します。
2008年2月7日
送る者、受ける者、伝える者
こんにちは。
今回は、ちょっと私事に偏ったコラムになりますが、ご容赦を。
先週、BOJ主催のイベント「B-1JAPAN 2007」にお邪魔してきました。
現在bjtvの特設ページ(当日の動画を順次公開中です)をご覧いただければ概要はわかると思いますが、簡単に説明すると、男子大学界を沸かせた4年生の、最初で最後のオールスターゲームです。
B-1JAPANの今年のテーマは「MESSAGE」。
ファンや後輩たちに何かを伝えたい!という4年生の思いが込められています。
今回は選手が企画段階から参加し、意見を出し合って内容が練られたそうです。選手たちも当然非常に協力的に、サービス精神旺盛に動き回っていました。とてもいいイベントでした。
詳細は近日中に特設ページに寄稿しますので、楽しみに待っていてください。
また、先日、バスケが大好きで仕方がない!という大勢の人たちとお会いする機会に恵まれました。
実際にバスケットに関わるお仕事をされている人からファンとして日本中を駆け回っている人、バスケは好きだけど日本のバスケの面白さがわからないという人、本当に様々な人に出会いました。
選手やチーム関係者のように、公に取り上げられることはありませんが、バスケットを真摯に愛している人々の「なんとかしてバスケットを盛り上げたい」という熱い思いを聞いて、猛烈に刺激を受けました。
普段取材の中で、選手やチーム関係者の話を聞くことはあっても、今回集まったような方々のお話はめったに聞けませんから、こういう機会は本当に貴重ですね。
選手はコートで、スタッフはベンチで、ファンはアリーナで、バスケットに携わる仕事をしている人は町や会社やあちこちで。
さまざまな思い、願いを抱いて、それぞれが戦っているんですよね。
バスケットを愛するみんなが持っているメッセージ。
私の仕事はそれを文字にして、文章にして、多くの人に届けること。
メッセンジャーとしていかに人と人の間を往復できるかが、ライターとしての真骨頂なんだなと感じることができた、大切な数日間となりました。
追記:今日の朝のテレビ朝日の情報番組で、大阪府が赤字公共施設を売却を計画しているという話題が出ていたのですが、その一施設として取り上げられていたのが「なみはやドーム」。エヴェッサの活動に影響が出ないといいのですが…。
2008年1月22日
ハンドボールメジャー化計画
こんにちは。
東京の寒さも非常に厳しくなってきましたね。
先週は夜中に初雪が。
おとといの夜も雪が降ると聞いていたので、ちょっとワクワクしていましたが、残念ながら降らず…。
まぁ降ったら降ったで、やれ寒いだのやれ路面凍結だの色々あったでしょうし、よしとします(笑)
さてさて、今回はハンドボールの話題を。
最近の新聞やニュースでは頻繁にハンドボールが取り上げられていますね。
なぜって、それは北京五輪のアジア予選がやり直し開催になったからです。
ニュースでつまみ食いをしている程度の情報量しか持っていないのですが、男子クウェート、女子カザフスタンが五輪出場権を獲得した先のアジア予選。
しかし、この大会の審判が中東近辺の人間で固められていて(しかもアジアハンドボール協会の重鎮は中東の王族で固められているとのことです)、その判定の公平性に疑いが出ました。。
そこで中東以外のアジア諸国が国際ハンドボール協会に抗議したところ、再試合が認められ、今月29、30日に東京・代々木第一体育館で、北京五輪出場をかけた日本-韓国戦が行われることが決定したのです。
どんなに納得のいかない判定を下されたとしても、その判定は覆らないというのがスポーツの常識だと思っていたのですが、やはり物事には例外はつきものですね。
とういことで、ハンドボールはこのハプニングに乗じて、一気にマスコミと一般世論の注目を集めるています。名古屋で行われた日本リーグのゲームには、異例の観客787人が詰めかけました。
これはバスケで考えれば非常に少ない観客数ですが、ハンドボール界では大変な数のようです。
朝日新聞によると、スタンド席に入りきれなかった観客のために、急遽コートサイドの床と、ゴール裏を開放してゲームを行ったとのこと。つまり、開催者側がまったく予想していなかった観客数だったということですね。
最近、日本代表のエース・宮崎大輔選手がテレビ番組にちょこちょこ出演するようになって、世間のハンドボールへの興味は徐々に高まってきていました。(お正月に行われたスポーツマンNo.1選手権では総合1位を獲得。素晴らしい。)
そこに来て今回のハプニング。日本ではマイナー競技であるハンドボールが、一気にメジャー競技になるチャンスを迎えています。
さて、そこで日本ハンドボール協会はどんな手を打つのか。興味深い記事が、MSN産経ニュースに掲載されていました。
一部を抜粋します。
昨年9月の男子アジア予選(愛知県豊田市)では約1億円の経費がかかった。今回は開催費を5000万円程度に抑え、同協会は開催費に約2000万円を支出する。 会場の国立代々木競技場は約1万人収容で、問い合わせの殺到する入場券は25日から発売し、料金を2000〜4000円に設定。満員で1試合約800万円の入場料収益を見込んでいる。すでに韓国連盟から1試合1500枚のチケット確保を要望されたという。
また日本代表は21日に本格オープンするナショナルトレーニングセンター(東京都北区)で、男子が21日から、女子は23日から強化合宿を行う。酒巻清治男子監督は「ターゲットがはっきりしたので、東京へ乗り込み、しっかり下準備をしたい」。五輪競技ながらこれまで地味な存在だった日本ハンドボール界としては、再び五輪切符に挑む機会を、競技の普及や認知度を高める好機とも捉えている。
2000円は「ちょっと見に行って見ようかな」で足を運ぶのにはピッタリの価格。
私も見に行きたいと思っていましたが、この値段を見て、さらに心が動かされました(笑)
開催経費をなるべく抑えようという姿勢も感心です(偉そうですみません)。
また、最高の設備が整う新しいナショナルトレセンを、いち早く抑えられたという時の運も味方につけて、最終調整の体制も万全といったところでしょうか。
さらに、日本協会側は、19時20分から開始される試合の模様を生中継することを計画していて、NHKと民放各社に現在交渉を進めているとのことです。
平日の19時過ぎといえば、まさにゴールデンタイム。
ここで生中継が実現したら、視聴率はかなりのものになるのではないでしょうか。
スター選手の立脚と、予想外ではあったでしょうがマスコミからの注目。
さらに地の利、時の運、環境面のバックアップ。完璧にかみ合っています。
あとは実際の試合でどれだけの印象を私たちに植え付けることができれば、ハンドボールは一気に人気スポーツとしての知名度が上がる可能性がかなり高いですね。
かたやバスケットはと新聞に目を通してみたら
「バスケ協会人事、JOCが介入へ」(1.20.朝日新聞)
…。
何よりファーストは業界の健全化ですね。
私もできる限りのことは頑張っていきます。
2008年1月9日
新年のごあいさつ
新年も7日過ぎました。
遅ればせながら新年のご挨拶をさせてください。
今週の月曜から仕事はじめだった方も多いかと思いますが、私の場合、仕事始めは元日でした(笑)
「中学バスケットボール」のお仕事でオールジャパンの取材があったのです。
オールジャパンはもちろんJBL、WJBLの上位決戦が大きなみどころになりますが、下位トーナメントには下位トーナメントでまた違った面白さがあるんですよね。
例えば、地方の社会人チームやクラブチームは、この機会にくらいにしか見ることができないチームが多いですし、高校生や大学生が上位チーム相手にアップセットということも珍しくありません。
今年だと中村学園女子高校が早稲田大学に勝ちましたし、能代工業高校も前半は日大と大接戦を演じました。
色々なカテゴリーに所属するチームが一緒くたになって4面の東京体育館を駆け回るのも見るのはとても楽しいものです。
bjリーグもそろそろ中盤に差し掛かろうという時期です。
現在はイースタンは仙台、ウエスタンは大阪が首位。僅差で他チームがあとを追っている状態。
今シーズンはカンファレンス制とワイルドカードを導入したことによって、終盤までプレーオフの行方が読めない状況になりそうです。
各チーム、ブースターをやきもきさせる熱戦を、最後の最後まで展開してくれることを期待しています。
また、昨日は1次トライアウトが千葉県船橋市で開催されました。
私は最寄り駅が船橋なのですが、朝、電車に乗ろうとしたときに大学バスケの選手に遭遇して、一瞬「…なんでここに?」と思ってしまいました^^;
今年はどんな逸材が挑戦しているのか、まだ私の耳には届いていませんが、2次は取材に行く予定なので楽しみにしています。
というわけで駆け足になりましたが今回はここら辺で。
今年もさらに濃い内容をみなさまにお届けできるよう頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします!
青木美帆
2007年12月25日
ミュージカル「DEAR BOYS」を見てきました
水曜日にあるミュージカルのゲネプロ取材に行ってまいりました。
なぜバスケットボールライターがミュージカルなんぞに取材に行って
bjtvに掲載しているのかとお思いでしょう…。
今回私が取材に行ったミュージカルの題名は「DEAR BOYS」。
そう、バスケ漫画の金字塔とも言える名作です!
出演者はイケメン、かつバスケ経験の豊富な若手俳優さんばかり。
主役の哀川和彦役の池田竜治さんは中学・高校とバスケ部のキャプテンを務め、
鶴見知大さん(藤原拓弥役)、南圭介さん(三浦蘭丸役)は現役プレーヤーです。
さらにさらに…bjtvユーザーの方には耳寄り情報。
なんと、大阪エヴェッサの中村友也選手の実弟、中村昌也さんが武内純一役で登場するんです!
配布資料の写真と舞台での本人の顔、身長の高さ(192センチ)を見て
「…うーん、どう見ても似てるなぁ」と思いスタッフの方に尋ねたらビンゴ。
昌也さんも当然バスケット経験者で、中高時代には全国大会も経験しており
キャストの中でも一番のバスケットスキルを持っているとのことでした。
これだけの経験者を集めているだけあって、バスケシーンはかなり迫力がありました。
「スイッチ!」や「リバウンド!」などという声も各俳優さんから飛び交い
かなり白熱したお芝居となっています。
公演の大半を占めるバスケシーンを演じる中で役者さんの体には大粒の汗がにじみ、
その汗も臨場感と躍動感を与えるのに一役買っていましたね。
実際に見る前に一番疑問だったのは台本どおりにシュートが決まらなかったらどうするんだろう?
ということでしたが、これは舞台の使い方を工夫することによって解決していました。
(どんな使い方をしていたかは実際にご覧になってください♪)
1-3-1ゾーンやハッキングなどバスケット専門用語が飛び交うお芝居はもしかしたら
バスケットを知らない人にとってはわかりにくいものになるかもしれませんが
bjtvをご覧の皆さんでしたらすんなり溶け込み、楽しめる内容だと思います。
ミュージカル×バスケ。
前代未聞のこの舞台を純粋に楽しむもよし、イケメン俳優たちが額に汗してステージをかけ回る姿も見入るもよし。
公演日数はあとわずかなので、興味のある方はチケットの有無などお早めに問い合わせてみてくださいね。
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ミュージカル『DEAR BOYS』
公演スケジュール:12/20〜29
場所:全労済ホール/スペースゼロ(東京都渋谷区)
詳細は公式サイト
http://www.nelke.co.jp/dearboys/
をご覧ください。
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2007年12月5日
インカレで見せた4年の底力
先週は大学生最大の大会、インカレ(全日本学生選手権)が開催されました。
女子のトーナメントは名古屋で開催されたため取材に行けなかったのですが、男子はしっかり見てきましたよ。
ベスト8までの順位は以下のとおりです。
優勝 青山学院大学(7年ぶり)
準優勝 法政大学
3位 大東文化大学
4位 東海大学
5位 日本大学
6位 早稲田大学
7位 筑波大学
8位 明治大学
2メートルツインズ、竹内公輔(アイシン)、譲次(日立)を始め、スケールの大きな選手が多かった昨年の4年生に比べ、今年の4年生は少し地味で控えめな印象。さらに下級生主体のチームが多く、主力としてゲームに出場する4年生自体それほど多くありませんでした。「今年のインカレはあんまり面白くならないかもな。」そんなファンの声もあちこちから聞こえていました。
しかし、そんな声を裏切り、今年のインカレはとても充実したものになったと思います。
準決勝の法政-東海戦は、なんと3度にわたる延長戦の末に決着のついた激戦でした。私もトリプルオーバータイムの試合なんてはじめて見ましたし、選手も経験がなかったそうです(東海大・陸川監督は経験アリとのこと。さすがです)決勝も最後までわからない展開になり、会場からは悲鳴に近いような歓声が飛び交いました。
今年の4年生は確かに地味な印象をぬぐえません。しかし、その分彼らは地道な努力を積み重ね、最後に美しい花を咲かせたのです。
特にそれが顕著だったのが準優勝の法政大でした。彼らは以前から、体育館が2時間半しか使えないという過酷な環境の中でバスケットをせざるを得ませんでした。練習不足を選手個人の能力でなんとかカバーしている。そんな状態がここ数年続いています。
今年もそれは変わりませんでした。しかし、春先、今井ヘッドコーチのもとに4年生が集まりました。
「僕らはチャンピオンになりたい。だからこれまでとは違ったことがやりたいんです。」
そう伝えたそうです。
「3年のときに上の代を見ていて、東海や青学みたいな強いところは走るしフィジカルも強い選手が多かった。だから僕たちもそのレベルまで行こうと4年生全員で話し合いました。」(高橋優キャプテン)
「キャプテンが今年はしっかりやろうと話してくれて、みんなで頑張ろう、チームカラーを少し変えようと決めました。個人の基礎的な部分が伸びれば、あとのプレーはみんな持っている。いい練習をしようとみんなで頑張ってきたという感じです」(福田大佑選手)
そのためには辛く、きつい練習にもすすんで取り組んできました。
夏の合宿では今井ヘッドコーチも「こいつら馬鹿じゃないのか」とあきれるほどたくさん走り込みました。
さらに、毎日練習を見られない今井ヘッドコーチの代わりになればと、副キャプテンの佐藤俊二選手がアシスタントコーチに就任。選手としてロースターに入るだけの力を持ちながら、チームのためにスタッフ側に回った佐藤選手の存在は、このチームにとってとても大きなものだったと、選手、ヘッドコーチともに話していました。
法政は信平優希選手、神津祥平選手ら、下級生にスーパースターが揃うチーム。
「一戦一戦勝ったことによって全員の意識が変わってきたと思います。下級生には4年生の気概を引き継いでいってもらいたいですね。何せ、ここまで来たところを下級生はずっと見てきたんですから。」と今井ヘッドコーチは話していました。
優勝した青山学院にしても、春のトーナメントではまさかの初戦敗退。一番重要な夏の練習では長谷川ヘッドコーチ、吉本トレーナーを代表招集で欠き、自分たちで練習を作り上げなければなりませんでした。「春に負けて、長谷川さんがいないという危機感が、リーグとインカレの成績につながったのかもしれません」(広瀬健太キャプテン)
大東文化大学は3年のときに2部落ちを経験しています。そこからチームを盛り立てて、1部復帰、さらに2部所属校ながらトーナメント優勝、インカレ3位という素晴らしい成績を残しました。
「1〜3年は、結果が全然ついてこなくて嫌な状態が続いていたけど、絶対最後にいいプレーを見せるためにトレーニングを続けてきました。それがこういう結果につながったと思います。」(竹野明倫キャプテン)
「1年のときはBチームで、2年はメンバーに入っても試合には出られなかった。3年になってようやく試合に出られるようになったら2部落ち。来年はどうなるかっていう不安ばっかりでした。でも、『4年になったらやってやる』という気持ちだけでここまでやってきたので、1年は試合に出られなかったから悔いが残るっていうのはない。精一杯やりました。」(MIP、優秀選手賞、得点王、スリーポイント王、ディフェンス王を獲得した阿部友和選手)
東海大学のキャプテン小林慎太郎選手は、シーズン当初のケガが癒えず、一年間ほとんどコートに立つことができませんでした。しかし、そのショックをおくびにも出さずどんなときでもチームを笑顔で盛り上げ、試合の合間には後輩の足のマッサージ役を買って出る光景もありました。
4年生が主力だった早稲田大学は春の準優勝から秋に大失速。主力のケガも多く、入れ替え戦では想像もできないような惨憺たる内容で2連敗を喫しました。そこから「本来の自分たちを取り戻して最後のインカレに望みたい」と4年生で話し合い、練習メニューも自分たちで組みなおしました。シューティングの結果はしっかりデータとして残し「何本入るまでに何本を要した」という細かいところまで一人ひとりがきちんと管理。体育館の撤収時間を過ぎても個人練習に取り組みました。
このように、彼らは学生最後の舞台に向けて、試合に出る/出ない、ベンチ入りしている/いないを区別せず、全員がそれぞれの場所で精一杯戦い抜いてきました。負けたチームは当然悔しいでしょうが、それでも「やりきった」という晴れやかな表情を多くの選手が見せていたことがとても印象的です。
日本学生連盟の強化委員長、ユニバ代表のヘッドコーチをつとめている青山学院大・長谷川ヘッドコーチは言います。
「今年一年学生全体を見ていましたが、まず私は青学の監督なので、うちの4年生が頑張ることが学生界の向上につながると思ってやってきました。でも法政の深尾もよかったし、東海の小林はベンチでいつも精神的な柱になった。石谷も春からとても成長した。日大の斎藤も頑張ったし、大東はあの二人(竹野、阿部)を筆頭としてまさしく大活躍を見せた。そういう意味で、一生懸命さは去年の4年生からきちんと受け継がれているんだなという気がしました。去年の4年生は能力もあったし真面目にトライするという気持ちも持っていました。それをちゃんと今の4年生も引き継いでいるというのが現在の学生界。とてもたくましく感じています。」
法政・今井ヘッドコーチも話していたように、下級生はこの4年生の頑張りをずっと一緒に見て、一緒に戦ってきました。4年生が残したものはしっかり後輩たちにも受け継がれていくでしょう。
学生最後の戦いの舞台は元旦から始まるオールジャパン。彼らはきっと、格上の相手に対して決してあきらめず、ひるまず、最後まで戦いを挑むでしょう。ぜひ足を運んで、彼らの最後勇姿を心に刻んでもらいたいです。
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■お詫び■
前回の記事中、東京アパッチの青木康平選手のbjリーグキャリアハイが、今シーズンの「30得点」という表記がありましたが、これは誤りでした。青木選手の正しいキャリアハイは、先シーズン新潟戦でたたき出した「38得点」です。誤った情報を記載したことをお詫びして訂正申し上げます。
2007年11月21日
スラムダンク奨学金に思うこと
こんにちは。
東京近辺もめっきり冷え込んでまいりましたね。
(て毎回のように書いているような気がしますが、私は寒がりなのです。ご容赦を笑)
少し前の11/8、9日と、朝日新聞にこんな記事が掲載されました。
マンガの力(1) スラムダンク奨学金(上)
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711080197.html
マンガの力(2) スラムダンク奨学金(下)
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711090205.html
このスラムダンク奨学金、かいつまんで言えば、漫画『SLAM DUNK』の作者・井上雄彦さんが発行部数1億冊を記念して、日本の高校生にアメリカ留学を援助する、というものです。
この企画が発表されたときはかなり衝撃的でした。
というか、私自身がスラムダンクの猛烈なファンなので、「ああ、井上さんは今でもずっとバスケが好きなのね…」ということが最初に来てしまったのですが(笑)「そんなアイディアをよくぞ思いついたなぁ」という驚きもあり、それより何より、バスケットが好きな人間がこれだけバスケットのことを思って行動したんだという事実が嬉しくて尊くて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
早いもので、田臥勇太選手が海を渡ってから、もう10年近い時が過ぎようとしています。
あれからアメリカに挑戦する選手の数は劇的に増えました。伊藤大司選手や松井啓十郎選手のように、高校からアメリカに渡り、「NCAAディビジョンT所属の大学でプレーする」という、ひとつの結果を出す選手も現れました。
そんな中で個人的に思うのは、やはり上昇志向があるのならば、早い段階…できれば高校から、遅くても大学から海外に渡るという選択肢を頭に入れておくべきだということです。
井上氏はビジネスジャンプの取材に対し、こう答えています。
「日本とアメリカが、どの時点でそのレベルの差が決定的になるかと言えば、それは大学ではないかと思います。その分かれ道でアメリカに進む選択をしたい選手はたくさんいるはずなのに、実際はその方法がわからない。道筋がない。そのチャレンジのひとつの道を作ってあげることがこの奨学金の意図です。また、アメリカのディビジョンTの大学でプレイすることが、各国のスカウトが見ているという意味からも世界的な選手への最適な一歩だと思うからです。」
5年ちょっとではありますが、実際に大学生を取材してきて感じることは、日本の大学で高校時代ほどのモチベーションを維持してバスケットを続けている選手はごくわずかだということです。
まず、自分で決めなければいけないことが大幅に増えます。食事の管理やスケジューリング(取得する授業が違うから練習できる時間もばらつきが出てきます)、20歳になればお酒やタバコも楽しめるようにもなります。
自己管理というのはただでさえ難しいこと。その上アスリートにはいつだって「将来」という見えない敵が存在します。
高校時代はとにかくガムシャラにバスケットだけを頑張っていられた。しかし、視野に余裕が出て、周りを見回してみたときに彼らは気づきます。
大学卒業後このままバスケットだけを続けられるのか?
ケガをして選手生命を絶たれたときに自分に残っているものは何か?
そして大半の選手が、無意識にかもしれないし、意識的にかもしれないですが、バスケットだけに懸けていた情熱を他のものに割くことになります。
これはアメリカの大学でも同じなのかもしれないですが、何より日本には大学以降の受け皿が少なすぎる。さらに、人気も知名度も高校時代から格段に落ちます。
乱暴な言い方をしてしまえば、バスケットなんていう「夢」なんか見ていられなくなるのです。
高校時代はスーパープレーヤーだった選手が、その貴重な才能を伸ばすことなくへたりこんでいく姿を何回も見てきました。バスケット以外の目標を見つけたのならそれでいい。一番辛いのは、モチベーションが下がりきった状態で「他には何もないからとりあえず」といった風情でバスケットを続けている選手を見ることです。
もちろんその中でモチベーションを維持して頑張っている選手もたくさんいます。高校時代は無名だったところからJBLやbjリーグのスタープレーヤーも誕生しました。ただ、世界に通用するプレーヤーになるためには、大学を卒業してから海外に行くのでは正直遅いと思います。(田臥選手ですら、18歳でアメリカに渡り、27歳になる現在も挑戦を続けているのですから。)
現役選手として活躍できる時間は限られています。トッププレイヤーへのモチベーションを高め、成長した上で「成熟・昇華」する時間を考えると、行動は一刻も早く起こすに限るのです。
また、多感なハイティーン時代に自ら望む形で海外で経験することは、その後の人生に大きな影響を与えるでしょう。私が経験したわけではないので実感として言えることではないのですが、留学した友人というのは、まず日本にいる時点でちょっと他の人と違う感覚・モチベーションを持ち合わせています。現地で環境の違い、言葉の壁など、日本で暮らしていたら到底経験しえないような混乱にぶち当たったことによって、さらにその感覚を研ぎ澄まして帰ってきた。そんな印象を受けます。
スラムダンク奨学金1回目の奨学生は福岡第一高校の並里成(なみざと・なりと)選手に決定しました。彼は以前から海外志向の強い選手でしたが、見事その第一歩を勝ち取り、来年の4月から挑戦を開始する予定です。日本まったく異なる環境に飛びこむのですから、ストレスが生じるのは当然のことです。しかし、そのストレスに打ち克ったところから見える景色というのは、きっと素晴らしいものだと思います。
スキル・感覚・経験。海外で得たそれらの財産をいつか日本のバスケットに還元してもらえたら、バスケットを愛する者としてこの上なく嬉しい。きっと、井上氏も同じ気持ちでしょう。
余談ですが、個人的にはアメリカだけでなく、ヨーロッパに渡る選手が出てきてもいいと思います。1対1や身体能力が要求されるアメリカバスケットよりも、システマティックなバスケットを展開するヨーロッパのバスケットのほうが日本人には向いていると思うからです。ヨーロッパに通じている人があまり多くないのがネックですが、一つの選択肢として頭に置いていてもらえると嬉しいです。
2007年10月19日
この秋JBL2に参戦する栃木ブレックスのお話
こんにちは。東京はようやく秋らしい気候になってきましたね。
今回はbjリーグを離れて、JBL2・栃木ブレックスのプレシーズンマッチの話題をお届けします。
栃木ブレックスは今シーズンからJBL2に参戦するプロチームです。
私は以前、あるお仕事でブレックスを取材する機会があったのですが、このチームは非常に魅力的です。経営やプロモーションのユニークさもJBLの中では群を抜いていますし、選手も「全勝優勝」という高いハードルのもと、練習やウェイトトレーニングに取り組んでいます。
高岡大輔キャプテンは不規則なサラリーマン時代から体重が15キロ減(しかも2カ月で!)し、現在は毎日体重計に乗って、体のコンディションを確認しないと気がすまないほどになっているそうです。
ブレックスには、前身の大塚商会アルファーズに所属していた選手が3名います。
高岡、山田謙治、荒井尚光。
仕事も頑張ってバスケットも頑張って…。建前としては美しいものですが、高い次元を追求していくに当たって「俺たちは仕事してるんだから負けてもしょうがない」という慢心が邪魔になり、両立という言葉とは程遠い状況だったと高岡キャプテンは語ります。遅くまで続く仕事の中で、メンバーが練習に集まることすら難しく、練習後に帰宅すると深夜。そしてまた朝早く出社していくという生活サイクルの中、選手たちは大きなジレンマを抱えていました。
しかし、今シーズンより「プロ選手」となった彼らは、負けても仕事という言い訳のない環境に身をおくこととなりました。時として、サラリーマン時代よりも厳しい現実が待っているかもしれない。結果が出なければ一転無職となるし、スランプになっても逃げ場はない。ケガだってできない。しかし、彼らはそれでもバスケットが好きで、続けたいと思ったから、自らこのチームに留まりました。そしてこの日、トライアウトを経てやってきた仲間たちとともに、新たなフェイズへと進んだのです。
「言い訳」を脱ぎ去った男たちの初めてのお披露目となるプレシーズンマッチ。来期JBL2に参入する鹿児島レッドシャークス(ここには昨シーズン東京アパッチに所属していたジェローン・ドットがいます)を迎えた試合は、素晴らしい内容となりました。
スターティングファイブは
安斎竜三(前所属:埼玉ブロンコス)
山田謙治(大塚商会)
高岡大輔(大塚商会)
田中健(福岡レッドファルコンズ)
ディーン・ブラウン(ABAサクラメントヒートウェーブ)
山田のパスを受けたディーンの豪快なボースハンドダンクから始まった試合は、終始ブレックスのリズムで進みました。ガード陣が当たりの激しいディフェンスで相手のミスを誘うと、すかさずディーン・田中健が走り、ファーストブレイクでフィニッシュ。高岡は、高いループを描く美しいスリーポイントを何本も決めました。ブレックスはロースターが10名と少ないですが、その代わり「誰もが試合に出て結果を残せる力がある」(高岡)選手たち。その言葉通り、それぞれが自分の持ち味を生かしたプレーで観客を沸かせ、力を見せました(亀崎光博選手のみ、ちょっと残念な内容となってしまいましたが…開幕戦には期待しましょう)。
最終スコア103-62。どのピリオドもブレックスがリードし、力の差は明らかでしたが、それでも飽きることのない、ピンと張り詰めたゲームを見たのは久しぶりでした。会場には多くの子供が足を運んでいましたが、ぐずったり遊んだり、寝たりせずに、最後までしっかりと選手を見つめていました。子供というのはとても正直な生き物ですから、彼らのアティチュードは、試合がとても楽しかったことを証明する最強の証拠です。
高岡キャプテンは以前、「点差が離れてもダレない試合で、強さとプロ意識をアピールしたい」と話していましたが、まずはその心意気と強さを栃木県民の目に焼き付けられました。
金田詳徳ヘッドコーチは試合後の記者会見で「まだまだ改善点はある」と話したものの、とても良い表情で選手の頑張りを讃えていました。
栃木ブレックスは今シーズンはJBL2で戦いますが、来シーズンからは、一つ上のカテゴリー・JBLに参入することが決定しています。おそらくJBL2ではぶっちぎりの強さを見せるでしょうが、JBLで戦うとなると、正直現在の実力では厳しいです。わずか1シーズンで得ることの出来る最大限の経験を、貪欲に求め、次の境地にチャレンジしてほしいです。
とは言ってもまずは今シーズンから。栃木ブレックスの今シーズンの目標はリーグの全勝優勝と、オールジャパンでベスト8以上に進出すること。どちらも達成することは大変ですが、選手たちは逃げ場のない「プロ選手」という立場を最大限に利用して、いい表情でバスケットをしていくことでしょう。
2007年8月31日
はじめまして!
今回からこのコラムを担当させていただくことになりました、青木美帆です。
バスケットボールライターとして、雑誌にちょこちょこ書いております。(名前を見かけたことがあるという方、いたら嬉しいですねー)
みなさんと末永くお付き合いができれば嬉しいです。
さて、本日は初回のコラムということで、私がどんなことをみなさんにお伝えしようとしているか、お話ししますね。
このコラムでは、選手、スタッフ、ブースターなど、bjリーグに関わる様々な人・トピックを取り上げ、意外に知られていない選手の素顔やトピックの裏側に迫っていきたいと思っています。面白い話をいっぱい見つけるために、あちこち駆け回って取材するつもりですよ!
おこがましいかもしれませんが、私のこのコラムでの目標は、コラムを読んでくださるみなさんにとってのbjリーグがより親しみやすいものになること!
バスケットボールライターなんてものをしているくらいなので、私は当然バスケットボールが大好きです。ですが、残念ながら世間における認知度はまだまだ高いとは言えません。そんなジャパニーズ・バスケットボールがもっともっと認知度を得た上で、ひとつの豊かな文化となってくれれば…。そんな夢の一歩として、このコラムを綴っていくことは、バスケットボールを書いてご飯を食べている人間として、当然の使命だと感じています。このコラムを通じて、bjリーグ、そしてバスケットボールというスポーツに、より深い理解と愛情を注いでもらえるようになったら幸せです。
初回から長い紹介になってしまいましたね(すみません)。次回からは早速bjリーグのトピックをお届けする予定ですよ。お楽しみに!
