2008年2月13日

早稲田大学・近森裕佳の思い(前編)

B-1JAPANも無事終了し、今の4年生のプレーを大学のユニフォームで見られることもなくなりました。そう思うと、なかなか寂しいものです。

そんな4年生の一人、早稲田大学の近森裕佳選手。プロフィールにもありますように、私は学生時代から、早稲田のバスケ部をずっと取材してきています。その縁もあって、早稲田の柱として成長した近森選手の4年間を思い入れ深く見てきました。

鬼神のような表情でゴール下に飛び込んだと思いきや、一転、涼しい顔でスリーポイントを放つ…。大学界随一のスコアラーとして活躍した近森選手は、チームを引退した今、どんなことを考えているのでしょうか。
オールジャパンが終わって一週間。つかの間のオフを楽しむ彼に、お話をうかがってきました。(1月11日 取材)

 いやーやることがない(笑)引退して三ヶ月くらい暇じゃないですか。社会人になったらもうこんなことはないから、とにかく遊ぼうとみんな意気込んでたんですよ。でも毎日遊べるわけでもなく、時間の有効活用がなかなか難しいですね。 

今は大学っていいなってすごく感じています。こんなに好きなことができて、グダグダできるっていうか甘えられる時間は、これから二度と来ないじゃないですか。そういうのは4年になってすごい感じていました。後輩たちにも「4年間本当にあっという間だから、好きなことやってバスケをやったほうがいいよ」って言っています。

シーズン当初から「日本一になる」という目標のもと、戦ってきた早稲田の4年生。春のトーナメントでは準優勝を果たしたものの、その後の大会では結果を残せませんでした。

 「自分たちの代になる」っていう特別な思い入れもあったし、メンバー的にも、他のチームを見ても、絶対今年は頑張れば(優勝が)いけるって思って、シーズン前から4年で話し合ってやってきました。
 でも…僕ら4年の力不足でこういう事態を招いてしまった。周りの人から見れば最悪なシーズンだったと思われても仕方がないし、そういう部分は悔いが残ります。周りの人の期待を裏切ってしまって、後輩たちにかわいそうなことをしたということは4年が一番感じているし、自分たちの力の限界をまざまざを痛感させられたシーズンになりました。
 

でも、悔いても過去を変えられるわけでもない。この一年で本当にいろんなことが経験できて、4年生はそれを必ず将来に役立てられると思います。後ろばかりを見ずに、前を見て進んでいくことが、僕ら4年には重要なことかなと思っています。

近森選手が語る「悔い」。その最たるものが、2部降格です。

 リーグ中は、雰囲気があまりよくなかったですね。でもみんなどこかで「大丈夫だろう」っていう慢心を持っていたと思います。
 特に法政戦の前からはひどかったですね。法政前の練習は勝てる練習じゃなかった。結果的に一戦目は前半勝ってたけど、後半からうちのリズムが崩れっぱなしで、リーグ後半から入れ替え戦まで、全然うちらしいリズムが出なかった。あそこで立て直しがきかなかったことは、今でも反省しています。

 入れ替え戦は、1戦目の最後に自分がケガをしてしまったことがきつかったです。中央の富田の野郎に突っ込まれて…(笑)何かの取材でそういうふうにコメントしたら「お前、俺が突っ込んだとか言うなよ」って本人から言われました(笑)確かに、あんなケガなんて自分で防げるものでしたから。

 2、3戦目は中央がアジャストしてたし、自分でもケガを気にして、リズムを崩してしまっていました。それが周りにも影響してしまったのかもしれません。
 あの試合に限って言えば、前半で点差が開いちゃって、もうみんな何をやったらいいかわからない状態になっていました。ハーフタイムでは「ディフェンスで盛り上がろう」っていう漠然としたことしか話し合えなくて…。
 自分たちで修正していかないといけないっていうのはわかっていました。でも混乱しちゃって立て直す人がいなくなって、そしたらズルズルといってしまった。

入れ替え戦からインカレまでの2週間。その期間は近森選手にとって、非常に濃い、記憶に残る時間だったと言います。

 僕らは最後にすがるとこを何ももっていなかったんです。それは戦術ではなくて…原点回帰と言ったらいいかな。練習で自分たちが力を入れてやってきたことを、そういうときにこそ思い出す。そういうスタイルがありませんでした。
 インカレ前の練習では、ディフェンスをしっかりして、そこからの切り替えを早くしてアーリーオフェンスという大前提を用意していて、苦しくなったときに、もう一度そこに戻ろうと話しあいました。また、点差が開いてマンツーじゃあ対応できないときはゾーンを展開しよう、とか。
 入れ替え戦からインカレまで2週間しかなかったので、用意できたものはそんなに多くはないけれど、最低減のもので自分たちのベストができるようなベースを作りました。
 この期間の練習があったからこそ、インカレまで頑張れた。青学には勝てなかったけれど、自分たちの中では納得できる練習をやった来られた、というのは大きな経験になっています。

次回は、近森選手の同期への思い、これからの目標、ちょっとしたこぼれ話をまとめてご紹介します。


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プロフィール
青木美帆/Miho AWOKIE
1984年生まれ。早稲田大学卒業。早大体育会の報道紙「早稲田スポーツ新聞」でバスケットボール部を担当したことをきっかけに、在学中からバスケットボールに関する取材活動を開始。現在はフリーのバスケットボールライターとして中学バスケットボール(白夜書房)、FreeBas.(フリーペーパー)などで執筆中。周りからはさんざん「無謀だ」と言われていますが、体当たりで頑張っています。
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