2007年10月3日
ライジング福岡 山村GMインタビュー・前編
こんにちは。
さて、前回前々回は琉球ゴールデンキングスを取り上げましたが、続いてはライジング福岡特集!
山村GMのインタビューをお楽しみくださいませ。
■バスケットボールとの出会いから
――ライジング福岡を立ち上げた経緯を教えてください。
3年前、私がbjリーグに出資させていただいたこともあって、bjリーグができたときからエクスパンションの福岡チームの申請をしておりました。しかし、福岡にJBLのチームができることを知り、bjリーグへのエクスパンションについて慎重になりました。
そんな中、2年前に福岡レッドファルコンズが誕生し、後半戦を前にチームが消滅しました。ほとんどの選手は他のチームに移籍しましたが、以前から親交があり、福岡レッドファルコンズ唯一の福岡県出身選手だった川面剛から、「福岡でもう一度プロチームを作りたい。福岡で活動できるようなチームを作りたい」との思いを聞いたことから、再スタートする運びになりました。そのあと色々な方にご相談をしたところ「まずはクラブチームから啓蒙活動を行うのがいいんじゃないの?」とアドバイスをいただき、ライジング福岡の前身となる福岡BBボーイズが誕生しました。福岡BBボーイズとして約1年活動をして、去年の11月末、bjリーグへ参入することができました。
――山村GMは以前どのようなお仕事をされていたのですか?
スポーツコーディネート業です。バスケットボールの国際ゲームを企画プロデュースさせて頂いたご縁で、94年に当時日本代表と三井生命のヘッドコーチで、現bjリーグコミッショナーの河内さんとお付き合いをさせていただくようになりました。また、95年の福岡ユニバーシアードの時には、FIBAの会長ジョージ・キリアン氏と出会い、アメリカの大学選抜と日本代表・ユニバ日本代表のゲームを福岡、広島、神戸、福井で開催したり、「フクオカインドア3オン3」という大会を行政と一緒に立ち上げたりしました。
――では、以前からバスケットとのつながりは密接なものだったんですね。
そうですね。スポーツコーディネートと言った仕事柄、バスケットボール業界とは約13年来のお付き合いをさせていただいています。
福岡で開催されたシドニー五輪アジア予選の時は、テレビ解説としていらっしゃった河内さんと屋台で一杯やっているときに「新潟にプロチームを作っていただける方に、明日お会いするんだよ」といった話を伺ったこともあります。その時は計画書の内容についてもご相談を受け、何箇所かアドバイスのようなものもさせてもらいました。その後、公私共にお付き合いいただいている中、アルビレックスが立ち上がってビックリしましたね。その時に直感で、河内さんはもっと大きな何かをやってくれると思いました。
bjリーグが設立した時、直感が当たったなと思いましたし、「将来、山村さんも福岡でチームを作らないと!」と言われたことが現実になるとは思ってもいませんでしたね。
――それはすごいエピソードですね!
私がbjリーグを2年見ていて一番感じたことは、以前の試合数が少ない状況が、いかにバスケットの発展を妨げていたということです。試合に出場する機会が少ないということは、バスケットボールを経験する環境が足りていないということ。当然指導者も育ちません。やはり経験というのは大切な要素です。だから世界ではメジャースポーツのバスケットなのに、日本ではマイナースポーツのままなんだなと思っていたのです。
ですので、bjリーグでいきいき活躍している選手や指導者とその成長振りを見ていると、非常に嬉しいですね。
■「福岡が抱えている過去」があり、今がある。
――活動をホームページで拝見させていただきましたが、イベントへの出演数がとても多いですね。
この夏休みの間に約5000人のクリニックを開催しました。県民球団を目指しておりますので、福岡県全域で「プロバスケットボールチームができたのですよ」ということをアピールしつつ、子供たちにも夢を持って頂くためにもクリニックを多く開催しています。
――これだけのクリニックを開催することは当初から考えていたことですか?
ファルコンズの一件をかなり引きずっている状態なので、地道に地域密着をアピールしていかないと、なかなか認めて頂けません。スポンサー営業に回っても、「また失敗するんじゃないだろうな」というような目で見られてしまうのが現状。チームの説明をしようにもファルコンズの説明に1時間くらいかかって、自分たちのチームの説明がわずかというようなことも多いです。
――なるほど。そのような状況の中で、明るい向きはありますか?
球団代表に山本華世さんという、九州・山口で知らない人はいない、関西では上沼恵美子さん、関東だと和田アキ子さんくらいのネームバリューがある方をお迎えしたことです。山本さんは中村学園女子のバスケット部出身でもあり、芸能生活20周年という節目にお引き受けいただく事ができました。無報酬で活動いただいているのですが、ご自身の芸能活動に支障をきたすくらいの動きをしていただいて、本当にありがたいというか、感謝感激。頭が下がる思いでいます。
スポンサー営業も、まだまだ足りないんですけれど、少しずつ私たちの行動を理解してもらっています。まだ風向きは逆風。10人いて1人に話を聞いていただけるくらいですし、お話させていただいても「『あの』バスケットやろ?」って言われる状況なので大変なんですけれど、雰囲気としては少しはよくなってきたかなと思います。本当にうちのスタッフや、ボランティアで動いてくれている方々には感謝の気持ちでいっぱいで、支えて頂いております。
我がチームは大きな母体があるわけではないので、県民球団としてヒューマンに訴えていき、一人ひとりにお願いして、毎年毎年訴えかけ、「ライジング福岡は私のチーム!」と思われることを目指して、コツコツ努力しております。
――現在の県民の反響はいかがですか?
少しずつ反応がでてきていますね。ブースタークラブも、「小学生が自分のお小遣いで入れるようなブースタークラブを」というコンセプトで、会員費は500円。大人も1000円で、より多いブースターを集めています。
ひとまずの目標は5000人の会員獲得ですが、現在すでに1500人を突破していますよ。人の輪を少しずつでいいから広げようと頑張っております。
このような活動を含めて、福岡でしか出来ないこと、福岡が背負った問題、バスケット王国である福岡という土地柄などの特徴を考えながら、「福岡モデル」と言われるものを作り上げていきたいと思っております。
次回はライジング福岡のチーム作りについて切り込んでまいります!
